先日IT関連でこのようなニュースが報道されました。
ニトリ、全社員の8割にIT国家資格 25年までに
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC208S50Q3A420C2000000/
ニトリホールディングス(HD)は2025年までに約1万8千人の社員の8割に情報処理に関する国家資格「ITパスポート」を取得してもらうようにする。小売業でも電子商取引(EC)の普及などデジタル化が進む。社員のIT(情報技術)能力を底上げすることで企業競争力を高める。
これだけを聞くと『頭でっかちな経営戦略なのではないか』と身構えた方もいらっしゃるでしょう。
『現場社員にITパスポートの知識が必要なのか』
『そもそも資格で学んだことが役に立つのか』
『社員に負担だけ掛けるような策なのではないか』
といった声も聞かれます。
しかしながら、『これは有効だ』という声も広く聞かれました。
それも、すでにITパスポート以上の知識を持っているようなエンジニア界隈から、この判断を後押しするような声が発せられているのです。
なぜでしょうか?
そもそも『ITパスポート』とは
理由について語る前に、そもそも『ITパスポート』が何か、という点についてご説明します。
ITパスポートは情報処理の促進に関する法律に基づいて、経済産業大臣が実施している『国家試験』です。
対象者像として設定されているのは「職業人が共通に備えておくべき情報技術に関する基礎的な知識をもち、情報技術に携わる業務に就くか、担当業務に対して情報技術を活用していこうとする者」とされています。
太字の箇所をよく読んでいただきたいのですが、つまりITパスポートはIT部署の社員だけでなく、一般部署の社員に必要なIT知識をカバーする資格です。
いくつか過去問から問題を見てみましょう。
令和5年度には以下のような問題が出題されました。
ソフトウェア導入作業に関する記述a~dのうち、適切なものだけを全て挙げたものはどれか。
ITパスポート試験 令和5年度分
a 新規開発の場合、導入計画書の作成はせず、期日までに速やかに導入する。
b ソフトウェア導入作業を実施した後、速やかに導入計画書と導入報告書を作成し、合意を得る必要がある。
c ソフトウェアを自社開発した場合、影響範囲が社内になるので導入計画書の作成後に導入し、導入計画書の合意は導入後に行う。
d 本番稼働中のソフトウェアに機能追加する場合、機能追加したソフトウェアの導入計画書を作成し、合意を得てソフトウェア導入作業を実施する。
ア a,c イ b,c,d ウ b,d エ d
ちなみに解答はエです。(d以外誤り)
一見、この問題は社内用にソフトウェアを導入するシステム部向けの問題に見えるかもしれませんが、
一般社員でもソフトウェアを導入する場合は、導入計画書の作成・合意が必要である、といった知識を知ることが出来ます。
この通り、ITパスポートは決して『IT部署・IT人材向けの資格』ではなく、『一般社員のIT知識を底上げする資格』なのです。
では『一般社員のIT知識を底上げすること』にどのようなメリットがあるのか、続けてご説明します。
理由1:インシデントリスクを減らせる
15年前ならば、業務の中でITが関わる部分は限定的でしたが、現在においては、全ての業務で何かしらITが関わってきます。
しかしそれは一人でもリスクの高い行動を取ってしまえば、それだけで社内システムにダメージを与えたり、会社の信用が毀損されるリスクがある、とも言えるのです。
例えば先程の過去問であったように、一人の社員が勝手に怪しげなソフトウェアを許可なくインストールしてしまえば、
顧客情報の漏洩や、社内サーバがランサムウェアの餌食に遭う……という事態も十分ありえます。
しかし、ITパスポートを全社員に取らせるならば、
そういった『リスクの高い行為』が何なのかを認識させ、未然にインシデントを防ぐことが可能になるわけです。
なおこれには副次的なメリットもあります。
『全社員がITパスポートを所持している』とアピールできるならば、『ITリテラシーが高い』『データ漏洩リスクが低い』といったイメージを取引先にも持ってもらえるでしょう。
情報に関して繊細な取り扱いが求められる分野では、特に重宝されます。
理由2:IT・DXのレベルを引き上げられる
IT化やDXについて、近年ようやく一般企業レベルで推進されるようになってきましたが、まだまだ日本全体で進んでいるとは言えません。
その理由の一つとして挙げられるのが『対応力の問題』です。
例えば『asana』等のプロジェクト管理ツールや、『git』といったバージョン管理ツールは、IT以外のプロジェクトでも非常に有用なツールですが、多くの企業ではこのような便利なツールを導入せず、Excelでプロジェクト管理を行ったり、ファイル名でバージョン管理をしています。なぜでしょうか?
それは一般的な社員の『ITツールに対する適応レベル』が、あまり高くないからです。
これらのツールを使いこなせるのが『一部の社員』だけでは、導入する意味がありません。全ての社員が使いこなせてこそ意味があるツールです。一部の社員しか使えない状況では、却って現場の動作を重たくしてしまいます。
なのでこれまでは一番ITスキルの低い社員に合わせて、Excelを使ったり、ファイル名で工夫したり……といった対策を強いられてきました。
しかし、社員全員がITパスポートを取る方針であれば、その『最低レベル』を引き上げることが出来ます。
これまでは導入を検討しても、『使いにくい・使い方が分からない』という各部署の声が優先され、導入が見送られる光景がよく見られました。
しかし社員がITパスポートを取っていれば、そもそも『使いにくい』と言い出す社員も少なくなりますし、
何より『ITツールの導入によって、記録の保持・データの解析がしやすくなる』といったメリットが周知され、DXを力強く進めることが出来ます。
時代に適応した企業となるためには、とても有力な手段です。
理由3:IT部署を会社の成長のために使える
また『理由2』と一部重なりますが、
IT部署を、”企業として前進するために”使うことができる、というのも大きなメリットです。
おそらくあなたの会社にも『情報システム部』が置かれていると思いますが、実態としては『社内のシステム保守・メンテナンス係』という立ち位置になってしまっているのではないでしょうか。
これは残念ながら、多くの企業で見られている光景です。
”パソコンが壊れた”、”ソフトウェアがバグった”、”データが消えてしまった”という各部署の声に対応するだけで手一杯になり、とてもじゃありませんが『データ分析』や『社内の効率化を図る』ことなど出来ません。
事態を打開しようと、業務管理ツールやDXツールを導入しようとしても、使い方の説明や、各部署からの要望に追われて、かえって時間がなくなります。
まったく笑えない状況ですが、SNS上ではこういった様子のことを揶揄した表現として『IT介護』といった造語が作られています。それぐらいありふれた光景なのです。
しかしこれには打開策があります。
『IT部署の立場を強くする』という方法です。
IT部署が社内ツールの導入等を行いますが、PCのトラブル対応や保守等はそれぞれの部署で対応してもらいます。
変わりにIT部署は『ITを使うことで、企業としてどのように成長できるか』といった部分を担います。
例えば顧客のアクセスデータを分析して適切な営業アプローチ方法を模索したり、AIを利用したカスタマーサービスの最適化を行ったりといった具合です。
ここまでやって初めて、本当の意味でのDX(Digital Transformation)が可能となります。
ではこのような体制を築くためには、何が必要でしょうか。
いくつか必要なものはありますが、やはりまずは社内IT力の底上げが第一条件ですね。
そしてそれには全社員にITパスポートを取らせるのが効率的……という結論に至るわけです。
理由4:現場からITを駆使した有益な提案ができる
そして力を付けるのはIT部署だけではありません。
全社員のIT能力を底上げすることで、あらゆる部署を強化することが出来ます。
例えば家具屋を例に取ってみましょう。
店舗で新たなマットレスを取り扱う事になったものの、アプローチする年齢層がわかりません。
IT化が進んでいない企業であれば、ベテラン社員の経験や、過去の限られた購買データから推測を行い、手探り状態のキャンペーンを打つことになります。
しかしIT能力を底上げした会社であれば、自社ECでの販売データから、似た商品の記録を参照できることに気付くかもしれません。
今回販売するマットレスに興味を持ちそうな年齢層・性別はもちろん、興味・関心や、合わせてアプローチできる商品等、詳細で実績あるデータを獲得することが出来ます。
前者と後者、どちらの現場が成功すると思われますか?答えは言うまでもないでしょう。
逆に言えばこの例は、あなたの会社にどれだけ優秀なIT部署が合ったとしても、現場に発想力がなければ、ITによる改革を起こすことは出来ない、ということも示しています。
序盤に『現場社員にITパスポートの知識が必要なのか?』という声を紹介しましたが、この答えもはっきりしています。
ITについてよく知っている人であればあるほど、間違いなく『必要です』と答えることでしょう。
理由5:ITシステム会社の言いなりにならない
更に効果がある点として、余計なサービスにお金を払わなくて済む、という点もあります。
例えばシステム会社に、顧客管理ツールの見積もりを依頼したとしましょう。
機能の中に『外部API連携ツール』という項目があったとして、どれだけの社員がその内容と必要性を理解できるでしょうか?
このように、システム会社とやり取りをする際、それぞれの項目が何を表していているのか、そしてそれが相場に沿った価格なのか、というのは知識がなければ判断が出来ません。
逆に知識があれば、余計なオプションがついていればそれを排除することが出来ますし、相場より高い項目があれば交渉することが可能になるでしょう。
なお、これはシステム会社にとっても、決して悪い話ではありません。
ITリテラシーが高い会社との取引は話が早く、余計なトラブルやサポートの手間がないため、WINWINな関係を築きやすいのです。
理由6:IT人材の発掘が出来るかも
昨今のIT関連企業・部署が抱える、一番の悩みはご存じですか?
それは『IT人材がいない』ことです。
ここまで挙げたような理由で、どの企業もITに精通した人材を欲しています。
更にはIT企業や外資系企業がIT人材をどんどん獲得してしまうため、IT系求人の倍率は15.8倍にまで上昇しています。
なので多くの企業においてはシステム部の人材確保ですら難儀しており、
一般部署へITに詳しい人員を送る等、夢のまた夢……というのが現実です。
しかしながら、上で挙げた求人倍率が表しているのは『ITエンジニアの求人倍率』です。
……なにを当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、
ITセンスの優れた人全てが、ITエンジニアの職を目指すわけではありません。やりたいことがITと関係なかったり、単純にITと今まで接点を持たなかった人もいます。
つまりは、『一般職種に募集した人』の中にも、ITセンスに優れた人は存在しているのです。
もし全社員にITパスポート取得を目指させるのであれば、そのような『隠れIT人材』を見つける手がかりになるかもしれません。
もしそのような人が見つかったのであれば、その部署のDX推進において重要な立場を担ってもらう事もできますし、本人が望めばシステム部に引き抜くことも出来るでしょう。
各人に得意とする業務を割り振ることが出来るだけでなく、高額な費用を払って派遣会社やエージェント会社に求人を依頼する必要もなくなります。
全社員にITパスポートを取らせる試みには、そのような効果もあるのです。
ITの重要性は今後も上昇し続ける
もちろん、この『全社員にITパスポートを取らせる』という試みが上手くいくかどうかは、数年経ってみないとわかりません。
いまいち業績と直結しなかったり、制度が形骸化してしまうという結果に終わるのかもしれません。
それでも『全社員のITレベルを引き上げる』ことがどのような結果を生むのか、といったデータを取ることは出来ます。
また間違いなく言えることとして、年々『仕事におけるITの占める割合』は高くなっていますし、これからも上昇し続けることでしょう。
経済産業省 IT人材需給に関する調査(PDF)
であるならば、IT人材を社内に増やそうとする試み、それ自体は間違っていないと言い切れます。
ぜひこの記事を読んだ経営者の皆様も、社員のITパスポート取得支援を検討してみてください。
ひょっとしたらその決断が、今後数十年の業績を左右するかもしれません!